灯台放送の自動化

先日、「日本の灯台」(長岡日出雄)という本を読み、灯台放送の意外な一面を知ることができました。

灯台の業務というのは僻地の勤務であることが多く、灯台守の人たちが家族共々赴任して業務に従事するというのは、大変に苛酷なことであったようです。また、戦後、海上保安庁管轄の灯台が激増したこともあり、限られた予算で多くの灯台の管理を行なっていくためにも、「灯台管理の自動化、無人化」は極めて切実な課題でした。

昔、光源として石油などを燃やしていた頃ならともかく、戦後であればほとんどの灯台は電力を用いていたため、いわゆる「光の点滅」については、自動化はさほど難しくはなかったようです。もちろん、自動化即無人化となるわけではなく、障害発生時のスムーズな対応や、障害の未然防止のための定期点検業務などがきちんと運用に乗る、という大前提が必要なので、組織や設備の再編などは大変な仕事だったようです。

しかし、なかでも灯台業務の自動化を遅らせたのが、実は灯台放送などの『付帯業務』だったようなのです。付帯業務の1つとして、昔、各灯台では「船舶通報業務」という業務も行なっていました。これはまだ船舶無線が普及していなかった時代に、無線設備を持っていた灯台が、沿岸航行中の船舶と船主・代理店などの間での入出港情報を仲介したり、通航船舶名をロイド協会に通知したりしていたという仕事で、どう考えても「人手」によるやりとりが必須でしたが、この業務は1964年頃には廃止されたようです。

そしてもう1つが灯台放送(船舶気象通報)業務なのです。通報のほうだけであれば、現在でも実施されている音声合成システムを使うことでなんとかなるのですが、問題は、各灯台で行なっていた気象観測業務のほうでした。灯台での気象観測の歴史は古く、明治初年から行なわれていたようです。岬や島などの気候は内陸部とは異なることが多く、気象庁のデータを補完するためにも重要な意味があったようです。
また、波高やうねりなど、気象庁データでは入手できない局地的な情報に対する船舶からの要望も多く、1950年代から、現在に近い状態での「船舶気象通報」が始まったということです。

風向風速気圧といった測定項目は、素人目にも、なんとなくすぐ自動化できそうな気がしますが、波高、うねり、視程、といった「目で見てナンボ」の世界の自動化は、テクノロジーの発達を待つ必要がありました。現在では、レーダーを用いた波高の測定や、レーザーを用いた視程の推定が行なわれているようです。

最後の有人灯台であった女島からも、灯台放送が流されていましたね。

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